池田満寿夫さんの人間性が輝く情熱的な画家論
池田さんは本書の中で、個人的な内容が多いことや、話が場所的にも時間的にもあちこちに飛ぶことが多いことを、お詫びとも反省とも言えない様子で何度か書いておられますが、確かにある意味、個人的でまとまりの悪い画家論かもしれません。しかし、個人的な内容には池田さんの純粋な情熱を感じ、話の飛躍は池田さんの天才的な直観で離れたものを見事に結びつけたものであり、結果、ピカソやゴッホについて、これまで感じなかった新しく強烈な好奇心を呼び起こされました。 ピカソ論、ゴッホ論では、岡本太郎さんの素晴らしい文章も読んだことがありますが、岡本太郎さんは情熱的でありながらも、あくまで論理を踏み固めて話を展開するのに対し、池田さんのは「私にはどうしてもこうとしか思えない」という調子のものもあり、また、自分のぱっとしない学生時代を披露しつつ、その時に各々の画家について感じたことを語るというのが、まるで池田さんとお茶でも飲みながら芸術談義を聞いているような感じがしてなんとも味わいがありました。 しかし、ゴッホの絵がなぜ現在も新鮮さを保っているかについての、画材(特に絵の具)についてのお話は、画家池田満寿夫の面目躍如たるものがあり、ゴッホの生活状況と合わせて非常に興味深いものでした。 そして、3人目に取り上げた画家が、「好きだというのが恥ずかしい」というモディリアニ。池田さんは勘違いからモディリアニのファンになったという、人を食った話を始めますが、なんとそのモディリアニ論が素晴らしかった。勘違いから入っても好きは好き。池田さんのなんともユニークな人間性に触れ、私は池田満寿夫さんの大ファンになりました。
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